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諦めなければ、いつか活路は開ける!

=ファイルを探し求めた1年8カ月=

2018年09月26日

社会・生活

企画室
新井 大輔

 2016年12月、"特命"を受けた。内容は、「週刊誌綴(と)じの複数の印刷物を束ね、一冊の週刊誌のように読めるファイルを探してほしい」というものだった。「週刊誌綴じ」とは、文字通り週刊誌のように中央の折り目をホッチキスで留める綴じ方。ただし、一般のオフィスでは、用紙の端から少し離れた箇所にホッチキスで「平綴じ」が一般的だろう。

平綴じ印刷と週刊誌綴じ印刷

(作成)筆者

 週刊誌綴じの利点は、メモなどを書き込む余白が増えることだ。当研究所でもかつて紙にメモを取る効能について研究したことがあり、デジタル媒体への入力に比べて理解や記憶の面で優ることもあるとの結論が導かれた。例えば、講演のメモをノートパソコンに打ち込もうとすると、その作業に集中してしまい、内容を理解する余裕がなくなってしまうことがある。一方、紙にそのまま書き込む場合は、重要なポイントに印を付けるなど、その都度頭を整理することができるので理解が深まりやすい。

 この研究以降、当研究所では論文などを印刷する際は、平綴じより多くの情報を書き込める週刊誌綴じが主流となっている。ただし同時に、新たな課題も浮上した。週刊誌綴じの複数の印刷物を束ねる適切なファイルが見当たらないのだ。それが今回の"特命"の理由だった。

 筆者は早速、文房具店に行ったところ、「マガジンファイル」というファイルを見つけた。各印刷物の中央ページにワイヤーを通して印刷物を束ねる仕組みである。任務完了と思ったが、反応は予期せぬものだった。「とても分厚く、書き込みもしづらいし、手に持って読むには重過ぎる。もっと薄いものはないのか」―

 そこで複数のメーカーに問い合わせたが、「過去の週刊誌等を閲覧できるよう保管するためのファイルには分厚いものが多い」「薄いものでも5~6センチはある」などの回答ばかり。それでも、「きっともっと薄いものがあるはず。市場になければ開発すれば良い。他社がやっていないことを実現できれば、イノベーションになる」との声に詰まってしまった。

 それからは、ゴールの見えないファイル探索が始まった。まずは数日かけて薄いマガジンファイルが無いかインターネットで調べると、厚さ2~3センチのマガジンファイルが見つかった。だが、挟める印刷物はせいぜい20~30枚が限度であり、100枚程度の印刷物を想定している今回のケースには沿わない。次に文房具店や書店を巡ったり、文房具フェアにも何回か足を運んだりしたが、どこにもお目当てのファイルは無かった。

 市場に無ければ開発するしかない。弊社で関連しそうな商品担当部署に相談してみたが、「ファイルの開発は行っていない」との返事。そこで、営業担当だった頃のツテをたどって複数の文具メーカーにコンタクトしたが、「マスコミを中心に一定のニーズはあるが、市場は縮小傾向で新たな製品開発や特注対応の予定はない」―。複数の印刷会社に相談してみたが、「特注対応はできるが、金型製作だけで数百万円はかかる」―

 こうした状況を報告すると、「数百万円もかけずに製作する方法はあるはず。諦めずに取り組んでほしい」とさらに尻を叩かれた。思えばそれまでの数カ月、通常業務をこなしながら相当な時間をファイル探索に費やしてきた。書店や文房具店、フェア、社内、文具メーカー、印刷会社...。訪問件数は優に30軒を超えた。

 途方に暮れていた筆者に転機が訪れたのは今年3月。最新技術を紹介する展示会で3Dプリンターのブースに立ち寄った。そこで目にしたのは精巧な造形物の数々。ここ数年の技術の進歩に驚くと同時に、3Dプリンターが活用できないかと、ふとひらめいたのである。「高価な金型が不要で小ロット。形状も自在だし、時間もかからない」―。たまたま社内の3Dプリンター専門部署に昔の上司がいることを知り、わらにもすがる思いで十数年ぶりにコンタクトを取った。

 その後は、これまでの停滞が嘘のように順調に事が進んでいった。筆者の窮状を知ったその上司が、関連部署からスペシャリストたちを集めてくれ、"プロジェクトチーム"が発足。試作品づくりを繰り返した末、7月に市販のものより薄いファイルが出来上がった。厚みの原因となっていたワイヤーの代わりに、用紙を引っ掛けるツメを使ったのが奏功したのだ。それだけではなく、表紙に文字やロゴを入れられるなど、市販品には無いオリジナル要素も付加することができた。

 その一方で、課題も浮き彫りになった。材料費が安くないため、1個当たりの製作コストがそれなりに高くなってしまうのだ。これが解決されると3Dプリンターは文房具の分野でも普及するのではないかと思う。

 こうして自信作を持ち帰ったところ、今度は一定の評価をもらった。「更に薄くスマートになると良い。引き続き努力してほしい」との"宿題"も追加されたが、ブレークスルーとなったことは確かだ。その日の夜は、今までの苦労を思い出しながら、本当に美味しい酒が飲めた。

3Dプリンターで開発中のファイル

20180918.jpg(写真)筆者

 実にこれまで約1年8カ月をファイル探索に費やしてきた。今回の経験からつくづく感じたことは、世の中に無い商品を生み出し、人々の役に立つことがいかに難しいかということだ。そのためには、諦めずに取り組むことが大切で、「諦めなければ、いつか道は開ける」こともわかった。最新技術と出会い、多くの人々の力を借りることができたのも、諦めなかったからだと思っている。

 今後も会社人生は続く。もっと大きな課題の解決に取り組むこともあるだろう。そんな時は今回の経験を糧にして前を向いて頑張りたい。

新井 大輔

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